九二式特受信機(92式特受信機)


解説

 本来長中波及び短波の各別箇の受信機を装備する余積のない潜水艦用として設計された全波受信機であったが、広く全艦艇及び陸上用として使用され極めて多数整備された。
周波数範囲は20Kc〜20Mcであり、20Kc〜1,500Kcを長波帯とし、UZ−78×2による高周波増幅2段、UZ−77による再生検波、UY38による低周波1段のストレート受信機とし、5組15箇のコイルを差換えて使用、同調用可変3連コンデンサーは特殊な構造により固定極を若干移動して精密な単一調整が可能なる如くしている。
1.3〜20Mcの短波帯を受信する場合は、この前にUZ−78×2の高周波2段、Ut−6A7による第一変換部を附加してスーパー方式として使用する。コイルは5組20箇を差換えて使用する。
 各真空管のヒータは、直列にも、並列にも切替可能であり、直列とすれば電圧降下用抵抗器を使用して、大型艦の直流220Vと小型艦の直流100Vの艦船用電源を、プレート電源と共に使用することができる。並列とすればDC6V及び220Vプレート電源を使用する。
 受信周波数のドリフトは、特殊な構造の補償コンデンサーを使用しているので5×10−4程度に抑えられている。
本機は、沖電気株式会社と日本無線電信電話株式会社の2社が製作しているいるのを確認している。

後日談
 秋葉原の万世橋のそばにあった篠塚電気のご主人(故人)のお話では、ご主人は元海軍の電信兵で92特受信機の整備などに戦時中に従事されておられましたが、敗戦後92特受信機の性能にGHQが注目し、中国内戦による蒋介石政権の軍事支援のため国内に残存した通信機器特に92特受信機を集め中国へ送ったようです。また、この受信機の修理、保守のため旧軍の通信関係者も技術者として中国へ派遣されたとのことです。このため、国内での92特受信機が特に残存していないのかもしれません。


諸元

用途 潜水艦用、全艦艇用や予備陸上用
通信距離
周波数 受信 20Kc〜20Mc
送信機     
受信機 方式   スーパー RF2 IF2 AF2
真空管   RF  RF CONV  IF   IF DET,AF  AF
       78  78  6A7   78  78   77   238
                |           
               6A7
               OSC
電源   6V蓄電池及び250V60mAコンバータ又は整流器
空中線 逆L型又はダブレット
整備数
備考

茨城県稲敷郡阿見町のS氏資料提供
正面


全体


回路図

軽巡阿武隈通信室


92式特受信機修復日記


来歴
本機は岡山県倉敷市の襤褸(現在は昭和大戦博物館設立準備基金)というところから入札により落札した。かなり高額だった。旧軍の受信機の中では最大の重量である。また、本体筐体は前期の黒色と後期の銀色の2通りが存在する。

正面
上部と下部に分割することが可能である。特に上部の機器は保存状態が悪く、塗装も透明度が劣化している。銘板
のところがオリジナルである。また、下部の表面で戦後再塗装されているようだ。

背面
地上または艦船で使用するため、電源系統の切替が簡単にできるように、背面中央に切替SWがある。ヒータ電源を6V電源からとるのか220V電源からとるかのSWとなっている。大型の抵抗器は陽極負荷用で全て外部に出す構造とすることで、排熱対策を考慮しているようだ。

上部
7球のスーパーヘテロダインである。真空管は直線状は配置されている。

上部
同じ上部には取替え可能なコイルが装填されている。

コイルの拡大写真


修復作業

平成12年5月から修復用の真空管、その他不足部品の用意に費やした。やっと準備が整ったので、平成20年6月から修復作業を開始した。よく考えると約8年の準備期間を要したことになるが、このような作業は気の遠くなる作業でつくづく好きでないとできないと思う。今回は終戦記念日までに修復することを目標とした。平成20年がなぜか昭和20年と妙に重なり、戦後63年目にあたり、何か残したいとの一念で修復作業にあたろうと思った。

修復開始正面
上下構造部の正面の塗装状態のバランスが悪く、全面的な再塗装を決断した。


正面の銘板の取り外し
取り外したつまみや銘板などはダンボール板に仮止めし、取り付け間違いを防止する。


上部構造部の塗装作業1
上部の構造物の取り外し状態。


上部構造部の塗装作業2
つまみや銘板のとりはずし。


上部構造部の塗装作業3
一部つまみが錆ておりはずせないので、塗装から保護しながな、塗装をしている状態。


上部構造部の塗装作業4
塗装をしている状態。


上部構造部の裏面
真空管のソケットも個々にシールドがほどこされている。また、機能単位に鋳物のケースでシールドされている。


上部構造部の裏面
ソケットのシールドをはずしている状態。ソケットは、すべてクッション式で大きな振動から真空管を保護する構造である。


コイル
長波部のコイルE,F,Gの3つから構成される。2−V−1受信機である。


短波Aコイルの収容箱


オリジナルは銀色であるが、今回は黒色の塗装とする。


下部構造部
塗装の状態。


下部構造部
塗装の状態。


下部構造部
つまみや銘板を取り付けた状態。


下部構造部
左背面部の取り付けジグを作成した。右背面部の中にある管状抵抗器15KΩが断線していので、セメント抵抗器で代用した。


背面部
かなり錆が発生していたので、錆とりを実施した。


正面
全て組立を行った状態。なお、劣化部品についても、交換を行った。


斜め正面


銘板
沖電気株式会社の製造である。


最終組立作業について
下部構造部の裏面
右部は大型のレオスタットである。


下部構造部
裏面のアルミの蓋である。ゴムクッションが使用されている。


下部構造部
ブリーダ抵抗器が断線していた。


下部構造部
全てシールドされる構造である。突起物が上部構造部との接続端子となる。全てバリコンとの接続となる。


上部構造部
裏面の左側の修理状況


上部構造部
裏面の右側の修理状況


上部構造部の拡大写真
裏面の右側の修理状況


上部構造部
裏面の真空管ソケット部分をシールドしている状況


上部構造部
裏面全体をさらにシールドしている状況


最終組立
正面


最終組立
正面斜め


短波用のコイルの作成
短−W 4600Kcから2400Kcのコイルを自作した。A,B,C,Dのそれぞれのコイル


短波用のコイルの作成


上部構造部
上部
コイルの配置と真空管の配置状況


確認試験中
長波帯の試験


確認試験中
短波帯の試験


専用の電源
6Vの電源供給については、バッテリィチャージャを代用した。


上部構造部のシールド板
上下の構造物を接合しようとしたら、このシールド板のため接合できない状況となった。以前挿入できていたものができない。困ったことだ!!!



修復終了について
平成20年8月15日の目標設定であったが、終戦当日修復を無事完了した。実はコイルが長波用の長−U(8OOから300Kc)しかなく、短波帯のコイルがないことから、短波帯のコイルは自作した。このため、少し中間周波がずれているが、この受信機であれば中間周波数は可変であるため不自由しない。
どちらにせよ、今後じっくりとトラッキング調整等を行いたい。
この92式特受信機は現存機も少なく、また、動態保存されているのは全国でもほとんどない状況となっている。今後も旧軍用無線機の整備に努めていきたい。
少しでも、動態保存のために、このホームページを活用していたければ幸いである。(平成20年8月15日)

後日談
当ホームページを公開したら、下記のような大変ありがたい連絡がありました。
M様
それから1点以前の件でお詫びしなくてはなりません。
 Mさんから ご依頼を受け92特受信機のプリセレクター部分の写真を撮りましたが 送り先がわからず今までそのままになって小生の机の上にあります。
今更使わないかも知れませんがMさんからご依頼を受け、すぐに 写真に撮ったのですがそのままになっていました。参考までに お送りいたしたいと思いますので現在のご住所をお教えください。
(ご依頼を受けてから12年以上たっていますがその間ずっと小生の 机の上でこの日を待っていた写真です)
茨城県 S氏
このように、多くの人のご支援でやっと修復を行うことができました。





メータの故障について
受信機自体は修復しましたが、やはり可動部のメータが損傷していました。このメータは出力管UY−38のヒータ電流を測定するもので、主に220Vの電圧からヒータの並列接続時のヒータ電圧を調整するのが目的である。
たまたま、H20.8.17のオークションに1955製のメータが出品されていたので落札して交換しました。



あと、最終的なトラッキング調整を行い、また深い深い眠りにはいりました。
(H20.8.31完全修復完了)


92式特受信機開発経緯

九二式特受信機は、皇紀2592年に正式制定された海軍の受信機ということであるが、この年は昭和でいえば昭和7年、西暦でいえば1932年にあたることになる。すぐ疑問となるのは、この受信機に使用している真空管のことであるが、ヒータに6.3Vを使用した6A7,77,78,238などの真空管はまだこの年代では開発されておらず、ましては日本での生産となるともう少しあとの年代となることである。
では一体この初期の九二式特受信機の仕様はどのようなものであったのであろう。
この九二式特受信機については、本来潜水艦用として開発がなされたが、性能がよいことから艦船や陸上でも多数配備されたという記録が多く残されているが、ほんとうにそうだったのであろうか。
昭和7年頃ではほぼ国産化がなされているはずであるが、この初期の九二式特受信機は、研究開発用に輸入された外国潜水艦に付属した受信機をただ国産化しただけの代物ではなかったのだろうかという疑問が残る。
アジア歴史資料センターのデータベース検索システムで検索すると大正から昭和の初期の海軍の主力受信機は、八七式受信機のようだ。ただし、日本無線史にはほとんどこの受信機の記録はないが、高周波2段のニュートロダインとの記述があった。将に古典ラジオのUV−201Aの世界の受信機のようだ。また、八七式受信機から九二式特受信機とへ開発推移した文献上の形跡もない。ただこの八七式受信機の仕様からでは、初期の九二式特受信機の仕様の手がかりにもならない。
日本無線史の海軍編には初期の九二式特受信機が昭和8年頃に抵抗器等の部品の劣化による故障が頻発し、大問題となったとの記述がある。
これに呼応するように、アジア歴史資料センターの資料の中に、昭和九年七月二十八日 海軍大臣 横鎮長官宛 兵器貸与ノ件訓令として、沖電気株式会社 取締役会長 浅野総一郎に九二式特受信機一式が貸与されている。これ以降沖電気が中心となって研究開発を行い、新たな九二式特受信機の開発及び生産に当たるようになったものと思われる。
昭和9年頃となると現在採用されている真空管が米国で生産されており、国産化も可能となっている。
なお、沖電気のほかには日本無線電信電話会社も当受信機の製造に参加している。
この九二式特受信機に携わった通信兵や整備兵などの方々は、この受信機が世界最高のものであるような確信がもてるかごとき存在感をしめした唯一の受信機として自信と誇りを持って通信業務に従事されたものと思われる。いまだもそんなオーラを感じる受信機である。

九二式特受信機の特徴
旧陸海軍の受信機の中で最重量(約60Kg)である。特に筐体はアルミの鋳物を削りだしたもので厚さ5mmもあり、強靭である。
排熱に力点を置いており、熱源である抵抗器は全て筐体の背面部の外部に設置している。真空管の熱対応としても、筐体上部に配置し、内部、下部への排熱を考慮している。
全ての部品について、これ以上金をかけることができないほどの贅沢な仕様の部品であるが、ダイヤルのみは単純なフリクション・ダイヤル機構であるのがとても残念である。
軍用無線機は部品ごとに番号管理しているが、この受信機だけには不思議なことに番号管理がなされていない。
はやり致命傷は、電気的回路構成が古いため、根本的な性能をこれ以上上げることができなかった。たとえば、局部発振部にはハートレイ回路が一般的であるが、本機は正帰還のコイルで発振させている。また、高周波2段増幅であるが、各段ごとに高周波補正バリコンができないなめ、広帯域での安定的な増幅は困難である。

アジア歴史資料センター
第3156号 9.7.28 兵器貸与の件 沖電気株式会社
昭和9年7月28日
沖電気株式会社 取締役会長 浅野総一郎
書類綴 無線 昭和九年八月二日起案 × × 普 3 × 保期 機期 機種 L321.01 × 編級 関係 訓令案 昭和九年七月二十八日 海軍大臣 横鎮長官宛 兵器貸与ノ件訓令 官房第三二五六号 ノ三 横須賀海軍軍需部在軍ノ左記兵器ヲ沖電気株式会社取締役会長浅野総一郎ニ本年八月三十一日迄貸与方取計フベシ 但シ現品ノ荷造運搬ニ要スル費用ハ先方ノ負担トシ貸与中ニ於ケル@損亡失等場合ノ奉情ノ如何ニ拘ラズ先方ヲシテ弁償セシムルモノトス 記 一、九二式特受信機 付属品共 一組 (終) 官房第三一五六号 ノ四 昭和九年







開発経緯その2

7月上旬に三重県のTさんから、石川さんの「軍用無線機概説」を見ると92式特受信機の最初は236が6本と238を使用しているとの情報をいただきました。
236との情報で、再度手持ちの資料を調べたら、下記の回路図がでてきました。石川氏のものと同じ回路図です。

92式特受信機(原型)回路図の題目があるように、原書から書き写したもののようです。236の初段が高周波増幅、2段目が陽極結合の混合段、3段目が正帰還の局部発振段のように見受けられますが、これで短波帯のスーパーの回路として機能するのかどうか判然とはしません。ただ、その後正式の92式特受信機であれば、原型機も同じ機能が装備されていたものと思われます。
原型機が236,238を採用しているが、この真空管は米国での自動車の受信機用でヒータも6.3Vである。この辺からも、日本で独自開発したものではなく、米国の無線機のコピー製品のように思われる。
その後日本では、2.5V用の真空管が主流となったため、236,238は軍用のみ生産されたものと思われる。(平成21年7月30日)


修復作業記録

定期点検記録 その1 (2015年11月01日)

定期点検記録 その2 (2015年11月24日)  下部構造部の定期点検
定期点検記録 その3 (2015年12月07日)   上部構造部の定期点検及び受信機試験
定期点検記録 その4 (2015年12月21日)  故障個所特定と修理作業
定期点検記録 その5 (2016年01月10日)     短波帯高周波増幅段の修理作業
定期点検記録 その6 (2016年01月18日)     第一高周波増幅段修理作業



オークション落札結果記録(92式特受信機関連商品)


オークションウォッチ その
オークションウォッチ その
オークションウォッチ その
オークションウォッチ その             激レア 昔の受信機の部品 整流器一型 受信機翼板電源用 東京無線
オークションウォッチ その3        日本軍 日本海軍 九二式特受信機
オークションウォッチ その2        昭和レトロ!木製箱付92式特受信機
オークションウォッチ その1        軍部 通信部 昭和15年 ★九二式特受信機改四★


参考文献
日本無線史 第十巻 電波監理委員会
本邦軍用無線技術の概観 大西 成美
世界の艦船1994年11月号増刊 海人社
JACAR(アジア歴史資料センターRef. C05023720100 第3156号 9.7.28 兵器貸与の件 沖電気株式会社(防衛省防衛研究所)

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